林真理子の8050の意味は?落ちてしまわないで立ち向かう強さに希望を見る

林真理子さんの小説8050が出版されました。

8050の意味は、80代の親が50代の子供の生活を支えるという8050問題のことです。

小説8050は、週刊新潮の2020年2月27日号〜11月5日号に連載された話題作で、子供のひきこもりと、その原因に立ち向かうという内容になっています。

この記事では、8050の意味や、その原因、対策などについて調べてみました。

 

林真理子の小説8050問題の意味

 

一般的に8050問題とは、80代の親にひきこもりの50代の子供が経済的に依存していることをいいます。

内閣府が発表した「平成30年度調査」によると、15歳〜39歳のひきこもりが54万1000人に対し、40歳〜60歳のひきこもりが61万3000人いるとされています。

8050問題とは、正確に80代の親と50代の子供のことだけを指しているのではなく、ひきこもりの子供も、その親も高齢化しているということから発生した言葉です。

 

8050問題の原因

 

10代〜20代引きこもりの原因がいじめや受験の失敗などが多いことに対して、50代のひきこもりは、退職や転職など仕事がきっかけであったりするようです。

転職や退職など仕事が理由のひきこもり

「平成30年度調査」によると40歳〜60歳のひきこもりの70%が男性だということです。

非正規雇用や派遣社員が多くなり、雇止めも増えてきました。

正社員でも長引く不況による倒産などで職を失い、自ら社会との接触を断ってしまうこともあります。

社会的に必要とされていないという絶望感から孤独になり、ひきこもってしまうようです。

また、親の介護を機に離職し、介護が終わっても離職期間が長いために再就職できず、社会復帰できないままひきこもりになってしまうことも多いようです。

ほかにも、もともとの病気や疾患、ケガがきっかけとなる身体的な事由により仕事ができないというひきこもりもあります。

1980年〜1990年代に顕著化し若者のひきこもりの放置

ひきこもりは若者の問題とされていたことから、国が全国で行っている調査では39歳までが対象でした。

しかし、1980年から1990年代にかけて顕著になった、当時の若者のひきこもりを長い間放置した結果、親も子供も高齢化するという8050問題になっています。

経済的に余裕のある親に無職の子供が頼ったまま共に高齢化し、9060問題へとかわっていくということです。

8050問題でいちども社会に出ないままのひきこもりの特徴としては、家事ができないことがあるようです。

子供のころから親がずっと面倒を見続けているので、社会的なルールや常識、経済的な問題、家事など生活全般の知識もないまま、年をとっていきます。

そういった子供を持つ親は、自分がいなくなった後、子供が経済的にだけではなく、たとえお金があっても自立して生活できるのかどうかという不安をかかえています。

その子供に兄弟姉妹がいる場合は、最終的にその兄弟姉妹に負担がかかってきます。

8050問題の対策

 

ひきこもりの子供を持つ親は、それを隠そうとします。

知られたくないために、親は対外的に子供が家にいないようにふるまったり、逆に親自身まで他人との接触を避けるようになります。

そうなってしまっては、外からはその問題に気付けません。

まず、国の支援を受けましょう。

厚生労働省のひきこもり支援推進事業をかんたんに説明します。

・ひきこもり地域支援センターの設置

ひきこもり地域支援センターは、ひきこもりの状態にある本人やその家族へ適切な支援を行う専門的な相談窓口です。

電話や来所による相談や、家庭訪問を中心に支援を行い、適切な機関につなぎ自立を支援します。

社会福祉士、精神保健福祉士、臨床心理士等の資格をもつ専門の支援コーディネーターが相談を受け、福祉、行政関係のその人に合った適切な機関につないでくれます。

厚生労働省の生活困窮者自立支援制度では、

・自立相談支援事業
・住居確保給付金の支給
・就労準備支援事業
・家計改善支援事業
・就労訓練事業
・生活困窮世帯の子どもの学習・生活支援事業
・一時生活支援事業

などの様々な支援をしています。

相談窓口は、お住まいの都道府県・市にお問い合わせしてください。

 

林真理子の小説8050を読んで

 

ひきこもりの原因はさまざまですが、経済的な事由で子供の自立をうながすことは逆効果になると思います。

ひきこもりになったのには、必ず原因やきっかけがあります。

親子ともども高齢化する前の、まだ親に経済力と体力がある段階でしっかり子供と向き合い、自分だけで対処しようとせず、行政の支援を受けることができるようにしなければいけないと考えました。